人生の中で、「全部なくなった」と感じる瞬間があります。
私にとってそれは、2014年でした。
めまいで立てない。
耳はうまく聞き取れない。
メール一通を書くのに、二時間かかる。
読んでも同じ行から先に進めない。
何度読んでも、意味が頭に入ってこない。
ある日、ふと小さくつぶやきました。
「これ、終わったな」
「全部なくなった」と思った日
2014年、私は胆嚢の全摘手術を受け、その後、上半規管裂隙症候群、耳管開放症、脳脊髄液減少症などが重なり、短い期間のあいだに四度の手術を経験しました。
それまで当たり前にできていたことが、ある日突然できなくなる。
そんな時間でした。
めまいがひどく、身体は思うように動きません。
耳も、うまく聞き取れない日がありました。
メールを書くときには、800文字ほどの文章を書くのに二時間ほどかかることもありました。
何をどうしていいのか分からない。
不安だけが、静かに広がっていくような日々でした。
自分の中で、
「全部なくなった」
そんな感覚でした。
それでも残ったもの
そんなとき、最後に残ったのが
「熱意」と「情熱」でした。
大きなものではありません。
けれど、確かに残っていました。
身体が思うように動かなくても、手は動く。
私は、とにかくブログを書き続けました。
めまいに少しずつ慣れてくると、今度は人に会いに行きました。
「熱量」と向き合ってくれそうな誠実な会社や、真摯な方に、とにかく会って話をする。
何か糸口が見つかるかもしれない。
そんな思いでした。
振り返ると、その行動がセミナー講師という仕事につながっていきました。
人前で話すことが自分の仕事になるとは、その時は思ってもいませんでした。
人とデザインに助けられた
とはいえ、私一人の力ではここまで来られなかったと思います。
ブログを読んでくださった方々。
その内容を見て、専門性を活かしてみないかと講師に誘ってくださった方。
まだ十分に動けない時期にもかかわらず、問い合わせフォームからの連絡だけを頼りに、わざわざ東京まで会いに来てくださった企業の代表の方と担当の方。
自分ではポンコツになってしまったと感じていた時期に、本当に多くの方に助けていただきました。
振り返ると、あの時間は
人とデザインに助けられた時間だったのだと思います。
人に支えられ、デザインという仕事に救われました。
そしてもう一つ。
どんな状態でも、
自分だけは自分を見捨てなかったのだと思います。
「治す」ではなく「慣れていく」
その後、体調が完全に回復したわけではありません。
とくに脳脊髄液減少症の影響は長く残りました。
それでも、自分のコンディションと相談しながら、その時できる最善を尽くしてきました。
めまいがあるなら、どうすれば落ち着くかを考える。
呼吸が浅いと感じたら、どうすれば切り替えられるかを試してみる。
「治す」というより、
「慣れていく」
圧倒的な身体パフォーマンスが出せなくても、考え方や技術で乗り越える方法を探し続けてきました。
振り返ると、
「乗り越えた」というより
「しのいできた」
そんな言葉の方が近いのかもしれません。
不確実性は続く
2015年から2021年くらいまで、私はとにかく
「熱量」という言葉を大切にしてきました。
人が何かを動かすとき、最後にものを言うのは結局そこなのではないか。
そんなふうに思っていたからです。
そんな中で、今度はコロナ禍が始まりました。
人に会えない。
対面で伝えてきた「熱量」を、画面越しで伝えられるのか。
言葉だけで、人の心に火を灯すことができるのか。
また新しい不確実性が目の前に現れました。
数年のあいだ、やり方や考え方を少しずつ調整しながら進んできました。
コロナをきっかけに、オンラインという手段も当たり前の選択肢になりました。
そしてコロナが落ち着き始めると、今度はAIの急速な普及です。
この数年で、仕事の形や価値のつくられ方は、想像していた以上のスピードで変わり始めています。
熱量という言葉の、その先
それでも、前を向いて進むしかありません。
前を向いて進もうとする企業や行政、地域の力になること。
AIの時代だからこそ、自分自身に立ち返りながら、これまで経験してきたことを社会に広げていく。
自分の経験を使ってもらうこと。
それが、52歳になったいまの自分の役割なのだと思っています。
もちろん、自分自身の欲も大切にしたい。
まだまだ活躍できる。
その熱意と情熱は、これからも持ち続けていたいと思っています。
これまで私が伝えてきたことは、実は自分自身に言い聞かせてきた言葉でもあります。
すべては、自分の経験から構築(デザイン)されてきたものです。
だからこそ、その言葉には責任を持っています。
もし明日、突然耳が聞こえなくなることがあったとしても。
目の前で倒れて起き上がれなくなることがあったとしても。
正直、憂鬱な気持ちになる日がないわけではありません。
そんなとき、ふと思うことがあります。


落ち込んでいるときも、
「もう一度やろう」と思ったときも、
どちらにも自然の力が満ちている。
それでも、そういうことが起きても慌てないように、ある意味で腹をくくっているのも事実です。
AIという存在は、私が取り組んでいる かたちなきもの という仕事にとって、とてもありがたいイノベーションだと感じています。
この恩恵を受け取り、フル活用しながら、自分が向き合うべき仕事に誠実に向き合っていく。
そしてできることなら、その過程も楽しみながら進んでいきたい。
熱量という言葉を、これからも信じながら。
そして、その言葉の
「その先」を見つめながら。